数年にわたり読書メーターに投稿してきたなかの「誤訳」にかんするものを選んで、ここにまとめておくことにしました。 2026/2/20
“I guess even an FBI agent can have a personality disorder. Narcissist? Borderline? Sociopath, or a little dash or all three? (邦訳)「F B I 捜査官のなかにもパーソナリティ障害を持つ人がいるのね。自己愛性? 境界性? 反社会性? その傾向があるだけ? それとも三つが交じってるの? 」
これは、原文にtypo誤植があり、それを見過ごしてそまま訳した例。
a little dash or all threeは、 a little dash of all threeが正しい。つまり、 of を orと誤植した。ところが、誤植のまま訳したために、結果的に誤訳となった。この部分は邦訳では、「その傾向があるだけ? 」と、不明瞭。 (私訳) これら三つの全部が少しずつ混じっている
He doesn't know where the weekend went, but it went all right. (邦訳)週末は気づかないうちにすぎてしまったが、もう週末ではないのはたしかだ
どうということのない英文なのに、ときにこういうおかしな訳が出てくる。 but it went all right. が、「もう週末でないのはたしかだ」と訳されていて、日本語としても意味が通じない。それで、 私の訳は 「週末は気がつかないうちにいつの間にか過ぎていたが、問題なく過ぎていった」
意訳すると、「週末は気がつかないうちにいつの間にか過ぎていたが、とくに問題があったということではない」。英文を書き換えるとHe doesn’t know how the weekend passed so quickly, but it went okay. 参考文として The meeting went well. 会議は順調にいった
“Helping to explain his extreme hatred of women.” “As much as anything can explain his kind of hate,” I reply. (邦訳) 「彼が女性に激しい憎しみを抱いているのは、ひとつにはそのせいかも」「あんな異様な憎しみは、そうとしか説明できないかもしれないわね」と、私は答えた。
(私訳) 「それで彼が女を憎んでいる理由が説明できるのでは。」「かなり説明できたとして、それだけでは説明のつかない部分が残る
邦訳では、As much as anything can のニュアンスがとらえられていない。As much as anythingのパターンは、否定的なニュアンスを含むことがあるが、邦訳では肯定的になっている。
これをAIを搭載したとされる機械翻訳で翻訳させると 「彼の女性に対する極端な憎悪を説明するのに役立つ」「彼の憎悪を説明できるものがあるとしても」まったくだめ (笑)。AIで完全な翻訳ができると思われている向きもあるが、けっこうそれは危険。世間が妄信すれば、逆に誤訳の温床になりかねない。
from the way it was combed and the way it curled round his ear lobes Wexford guessed he was vain about it. (邦訳)耳たぶのまわりでくるくるカールしている様子からすると、(流行への歩みよりは)無駄だったようにウェクスフォードには思われた。
he was vain about it を「無駄だった」というまさかの訳。どう頑張っても「無駄」という訳が出てくるはずがない。
仮に「無駄」なら、What he did was in vain (私訳)「~のようすからして 彼は自分の髪型を自慢に思っているようだ」 vain を「無駄」と誤訳するか「得意 / 自慢」ととるかで、逆の意味になる。誤訳はともかく、文章と絵について。カールした髪が耳にかぶっている状態が このAIによる絵によく出ている。文章を絵にすることで文の意味がさらに明確になる。AIによって文章を簡単に画像化できるようになったことで読書の楽しみが増した。
The biggest insults I could find would flatter him (邦訳)おれに見つけられる最大の罵詈雑言も、あいつを喜ばせるだけだろうよ」
(私訳)おれに見つけられる最大の罵詈雑言ですら、あの男に対してはお世辞にしか聞こえない」おそらく 翻訳者は flatterの用法を間違えたか。flatterの意味の一つとして、to make something look or seem more important or better than it is(Longman)がある
これを適用すれば、おれのこんな罵倒ですら、あの男を形容するには不十分、つまり まだよく見えてしまう。 それくらい最低の男だということを言っている。ここでのflatterは 「喜ばせる」というような、その男の心の状態を述べているのではない。たしかに flatterには次ような用法がある。 I'm flattered to hear that. そう言ってもらえてうれしい 訳者は、この用法を適用した。
Longman lists as usages of "flatter": 1) to praise someone in order to please them or get something from them, even though you do not mean it 2) to make something look or seem more important or better than it is
He looks up at me one last time, the futile thought written in his eyes that maybe in this last moment I will lift this cup from his lips. (邦訳)さいごにもういちどだけ、男はすくいあげるような視線をわたしにむけてきた。ぎりぎりの土壇場で、わたしが取引のカップを彼の唇から遠ざけてしまうと思ったのだろうか。
残念ながら誤訳。cupの意味を取りそこねている。
cupを「取引のカップ」としている。このcupは聖書からのものだということを知らないから、チンプンカンプンな訳になった。(私訳)ぎりぎりで苦杯を飲まなくてもいいかもしれないと この男は淡い望みを抱いたかもしれないが (解説)わたしが検察官としてこの男を取り調べている。男は、犯人を目撃した可能性がある。しかし、男はそのことを証言することから逃れたい。
この男にとって、証言することことが cup。取引のcupではない。取引のcupとすると、そのcupは男が望んでいることになってしまい、意味が真逆になる。
In measuring a case, I am told that Adrian is a quick read, like a cipher. (邦訳)裁判の内容把握の 点では、チェンバーズは恐ろしく頭がまわる男である
(私訳)被告弁護人のアドリアンは分かりやすい男だ。 裁判をどう計っているか 手に取るようにわかる、暗号を解読するように。(解説)要は、これは皮肉。たとえば、彼はものすごく足が速い、亀なみに(笑)。と言えば、足が遅いことを言っている。亀並みにと言っていることで、前文が皮肉だとわかる。
邦訳は、1) a quick study を誤訳し、 2) like a cipherが無視されている。 1) 「恐ろしく頭が回る」 > 「なにを考えているかわかりやすい男」 2) like a cipher 「暗号のように なにを考えているかわかりにくい」 やつは なにを考えているかわかりやすい男だ、暗号並みに
Five weeks have passed since my sojourn to Canada. (邦訳)カナダ滞在から5週間が過ぎていた
sojournの標準的な用法としては、my sojourn in Canada カナダでの短期滞在、 ここでは my sojourn to Canada となっていて、やや標準からはずれた用法。「カナダへの短期滞在」。「カナダでの短期滞在」と「カナダへの短期滞在」の差異。後者は非標準ですが、短期滞在のためにカナダへ移動したことが強調されている
少ししつこいようですが、この点についてAIにきいてみた(笑) the phrase "sojourn to" is occasionally used to emphasize the completion of the journey that led to the stay.
In this context, it combines the idea of the act of going with the stay itself, treating the entire experience (arrival + stay) as a singular event. つまり、「行く」という行為と「滞在すること」が一体のものとして扱われているということ
Jacoby leads us down a corridor flanked by little offices (邦訳)ジャコビの案内で、わたしたちは小さなオフィスのならぶ廊下を抜けていった。
corridor flanked by little officesを「小さなオフィスのならぶ廊下」としているけど、flankedの訳し方が十分でない。これだと廊下の片側のみに little officesが並んでいると想像するけれど、実際には廊下の「両側」。
Ingel is one of those judges who believes in putting a beveled edge on justice for the criminally accused. (邦訳)思うにインゲルは、刑事裁判の被告を裁くには、斜めからふりおろす刃物が有効だと信じている判事のひとりだ
putting a beveled edge on justiceを「斜めからふりおろす刃物」と意訳したわけですけど、
意訳した割に意味が正確に出ていない。「正義に角度をつける」というのが直訳。その角度をつけた正義で被告を裁く というが直の訳で、翻訳者の意訳よりも、この素直な訳の方が英文の意味が正しく出ている。おそらく翻訳者は英文の意味をつかみ損ねて 苦し紛れに訳したか(笑)。それで、意味の不鮮明な訳文になったのでは
よくよく考えてみると、この邦訳は意訳でなく誤訳ですね。edgeを「刃物」としたところから迷走が始まった。「刃物」では つじつまが合わない。大体 誤訳というものは、無理につじつまを合わせようとすることで発生する。
Though he knows this sound, it sends a chill down his spine that it should come from the wrong direction. (邦訳)はじめて耳にする声ではない しかし、男の背すじには悪寒が走りぬけた。
なぜかthat it should come the wrong directionの訳が抜け落ちている。不思議ですね。まさかとは思うけど、shouldの意味がとれなかったのか(笑)。この shouldは、意外とか驚きを表す。
(私訳) 知った音ではあったが、「えっ、 まさかそっちからその音がするとは」と、背筋に冷たいものが走った。 should は、ここでは内面の感情を含んでいるので、地の文で訳すと、うまく表現されない。なので、内面の声として訳しわけた方が日本語としては自然だ。
We talked about the going, the weather, Pete's latest plans for us, and the horses. Usual jockey stuff. (邦訳)レースのこと、天候、ピートの今後の出走予定、馬のことなどを話し合った。騎手の日常会話である
the goingが 「レースのこと」と訳されている。なんとなく正しいような感じもあるが、実際は 競馬に関係する内容としては「トラックの状態」を意味し得る。なので これは誤訳。
騎手たちが、レース前に雑談しているわけです。そのときに、トラックの地面の状態はどうか、固いか和らいかについて情報交換するのは普通のことでしょ。ここでの the goingは「レースのこと」というあいまいなことではない、もっと具体的に「トラックのコンディション」を意味している。 それで調べたら、Weblio辞書に出てました。going: 道路[競走路など]の状態,コンディション. やはり 誤訳であることがはっきりした。(笑)
It's easy to underestimate people you don't like
(嫌いなひとを安易に過小評価してしまうところがある) 娯楽小説から学ぶシリーズ(笑)。ここで、嫌いな人と言って、敵とは言っていないことに注目。敵と嫌いな人は違う。勝ち負けが伴うかもしれない敵を過小評価すれば、勝つ条件を失いかねない。敵 = 嫌いな相手 ではない。味方でも嫌いなひといるだろう。 安易に過小評価しがちなのは、好き嫌いの範疇だからともいえる。
No one is going to ask which Hollywood. At the mention of Hollywood, what immediately comes to mind is the big white Hollywood sign on the hill
ハリウッドというと真っ先に浮かぶのはカリフォルニアのハリウッド。実は、フロリダのマイアミ付近にもハリウッドがあるのだ、ということ
I'll make you happy, baby, just wait and see / For every kiss you give me, I'll give you three / Oh, since the day I saw you, I have been waiting for you You know I will adore you 'til eternity
The Ronettesの Be My Babyは 1960年代の代表的なpop songのひとつ。歌詞のこの部分だけを見ると、男の子が女の子に話しかけているように感じるけれども、逆。女の子が 男の子を babyと呼びかけるのは、日本人的には違和感があるかもしれないけれども、アメリカでは普通。 babyは中性的なことば ということになりますね。
It wasn’t just a hit — it helped redefine what a pop recording could sound like. That’s why today it’s often seen as one of the most influential pop songs ever recorded, not just a nice love song. この By My Babyは、その後の pop songsに多大な影響を及ぼしたということですね
それで ちょっと気になる記事。5年前の記事ですけど The man who wrote this song (Phil Spector) who was married to Ronnie of the ‘Ronettes’ is currently in jail for murder これも人生か(笑)
"I was supposed to stop a horse and I didn't, and Sandy lost a lot of money and said he'd get even with me (p58)この小説のキーワードが stop a horse 。素直に訳せば「馬を止める / 停止させる halt a horse」ですが、それとは異なる意味で使われている。辞書には出てこない。「わざと馬の速度を抑制する」というようなこと。しかも微妙に、巧妙に馬の走りを抑制する。
勝てる馬で、stop a horse をやる。ところが、この場合 それをやらなかったので、Sandyが大金を失ったと怒りを爆発させ、仕返ししてやる get even with youと息巻いている。競馬界の裏側を見せている。
She asked me if I had seen Bill fall, and I told her he had dived on to his head
(私訳)「転倒したところを見たか」と彼の妻が私に訊いた。「頭から地面に突っ込むのを見た」(p5)この文をもう少し深掘りしたい(笑)。Billは騎手で、転倒したのは乗っている馬。その馬から投げ出された。あろうことか、その馬が上からかぶさってきて重体、そして死亡。この後のところで、通常は馬が転倒すると、riderは向こうに投げ出され馬がそこに追いかぶさってくることはないという。riderは骨折くらいはするかもしれないが、命を落とすまではいかない。騎手は馬体にきつく固定されていないそうだ。即座に離脱するようになっている。ではなぜ、そうならなかったのか。そこが、この小説の謎であり、テーマ。事故ではなく、事件として浮上し、警察も関心を持つ。
He didn't feature in that movie. (邦訳)「彼はその映画では主役を演じていない」
あるネット辞書で He didn't feature in that movie. の訳を 「彼はその映画では主役を演じていない」としている。これは誤訳。文脈なしのこの英文ならば、(私訳)「その映画には出演していない」が正しい。その次に、Fish and rice feature in the Japanese diet. 魚と米は日本食の主役である、というまあまあ正しい例文と訳をのせている。おそらく、この連想で、映画での「主役」としたのか。 辞書と名乗っているものでも、誤訳があるので注意(笑)。
He featured in the film.は、その映画に「出演」していた。主役とは限らない。The film features Tom Hanks. この作品にTom Hanksが出演、重要な役を演じているかもしれないが、主役とは限らない。 これが、He doesn't feature in the film.という 否定文となると、若干複雑になる。「その映画には出演していない」「目立つ役では出ていない」の二つの解釈がありうるので、文脈次第。
"Did you know they have bicycle parks at Tokyo racecourse? Not just car parks. Motorcycle parks and bicycle parks. Rows and rows of them. They tell you a lot about the Japanese ."
"東京の競馬場に広い駐輪場があることについて自説を述べる外交官の主人公。自転車をとめる場所のあるのを見て主人公は日本人について知るところがあったそうだ
競馬場での駐輪場の存在をそれほど珍しがる英国人が、私からすると驚きだ(笑)。原作者のDick Francisは、1980年代の後半に日本に来ているようです。そのときの実体験を作品の中に入れ込んでいるのでしょう。"That they'll get where they want to go one way or another" 駐輪場の存在は、手軽な方法ですぐに行きたいところにいくことを示している、のだそうだ。それが どうしたのだ(笑)。
I'd never speculated about her lovelife because as far as I knew it was nonexistent between husbands. (邦訳)母の男関係について推測したことは一度もなかったが、それは、私の知る限り、結婚している男とのつきあいは全くなかったからだ。
between husbandsの訳がおかしい。「結婚している男とのつきあいは全くなかった」という訳がどうしてbetween husbandsから出てくるのか。(笑) (私訳) 前の夫と死に別れたのち、今の夫と一緒になるまでの間に浮いた噂は、わしの知る限り皆無だった。 この小説の内容を踏まえれば、こういう訳になる。
The Dodgers began this weekend in second place, a position they had not been in this late in the season in four years. After a statement sweep, they ended it sitting alone atop the NL West once more. (MLB公式サイト)
statementは、メッセージを発するという意味がある。sweepは、野球で使われる場合「連勝」という意味で使われる。となると、今回の「連勝はメッセージを発する」ということで、特別な連勝であった。それは、リーグで首位に立ったということで、ドジャースの強さを示す連勝でもあった、ということ。いやー、野球英語は奥が深い(笑)。
それで、シリーズでの連勝を意味するsweep に関して言えば、実際にフャンが球場で箒を手にして、「掃け、掃け」と叫んで応援するということですね。この慣習は、日本では知られていないのでないか。
I decided on a retired greyhound rescued from the track and from certain extermination.(私訳)ドツグレースから引退したあと安楽死されかねないところを、保護団体に引き収られた犬に決めた。
つまり、主人公がそういった犬を飼いたいということですが、このシリーズでは、そういった記述によく出会う。日本ならば、子犬を飼うのが当たり前といったところですが、保護された犬を積極的に引き取る姿勢がよく見られるのは興味深い。
certain exterminationの certain は「確実な」という意味。引き取られなければ 「確実に」安楽死されるという意味。it is common for people in Europe and the United States to adopt rescued dogs. This trend is a significant part of the pet culture in these regions, driven by a growing awareness of animal welfare issues. これについて、Gemini AI、やはり欧米では保護犬を引き取るのがトレンドして起きているということ
Every man’s work shall be made manifest: for the day shall declare it, because it shall be revealed by fire; and the fire shall try every man’s work of what sort it is. こういう聖書の引用が分かりにくいのは、それぞれの単語が象徴的な意味を帯びているから。信者ならいざ知らず、私のような部外者はなおさらだ。
この引用文のポイントは、every man's workと fire。これが何を象徴しているのかがわかれば、だいたいの意味はつかめるようだ。workは、布教のこと。every manは、布教のために邁進する信者となる。そのようにして建てられた建築物が火に焼かれるとき、建築物の素材があらわにされ、ちゃんとした素材なのか、まがい物なのか知るところとなり、信者たちのそれぞれの布教のための行いがどのようなものであったのかも明らかにされる。
だいたいこんなところか。なので、fireは、最後の審判と言われるものでしょう。といいながら、それが何なのか私自身あまりわかっていない。とにかく、ざっくりつかめればいい。 日本ならば、建築物が火に焼かれれば、すべて灰になるのをイメージするところだ。ほとんど何も残らない。なので、仕事の質の検証どころではない。